9月のコチョウゲンボウ
2020.09.01
コチョウゲンボウという小型のハヤブサ類がいる。体はハトほどの大きさながら、シジュウカラやカワラヒワなど素早い動きの小鳥を巧みに狩る名ハンターである。ネズミ類や大型昆虫も捕食する。
海岸沿いの草原や広い原野に渡来する冬鳥で、ノスリやハイイロチュウヒなどと並ぶ冬の”枯野の猛禽”の1種だ。全国的に冬鳥であり、北海道も越冬地にはなっているが、数は多くなく、簡単に見られる鳥ではない。北海道では太平洋側の積雪の少ない地方での越冬例が多いという。
私も数えるほどしか見たことはなく、撮影に成功したとは言い難い日々を過ごしていた。ところが、3年前の9月下旬、釧路市内の海岸草原で思いがけない出会いの機会に恵まれた。数十メートル離れた場所から双眼鏡を覗き、コチョウゲンボウだとわかった時には心の中で小躍りしたものだ。
もちろん、実際には飛び上がるわけはなく、歓声も上げず、自分の気配を消して600mmレンズを付けたカメラで少しずつ近づきシャッターチャンスを窺う。何度かシャッターを切り、また少し近づく…。そんなことを繰り返すうち、相手もこちらの存在に気付いたようだ。動きを止め、レンズを通して様子を見る。ハヤブサ類に共通する大きな瞳が凛と輝く。とっくに私の動きを察知していたのかもしれない。
しばしの静寂。
コチョウゲンボウは動じることなく私から視線をはずし、再び草原を見つめ獲物を探している。空腹なのか、私を外敵とは思わなかったのか、時々見る方向を変えながら同じ枝にじっととまり、私の存在など眼中にないように堂々としたたたずまいを見せている。小さいながらも猛禽の風格充分である。
鳥がこちらの存在を認め、それでも自らの行動を変えない時は、カメラマンにとっては千載一遇のシャッターチャンスだ。さらに距離を詰めて行く絶好の機会である。しかし、初めて出会う相手に対しては、図鑑に使えるカットが撮れさえすれば、それ以上近づくことは避けるのが私の流儀だ。猛禽の繊細な神経を逆なですることなく、自分の仕事をやり遂げる。それが、野生生物に接するプロとしての矜持であり、また最低限のマナーでもある。また、無用に接近しないことで鳥は自然な表情を見せてくれるものだ。
この時、私はさらに少し近づいて何度もシャッターを切った。ただ、あいにく光の向きが悪いことが気になっていた。順光となる側へ移動しようと向きを変えたその時、コチョウゲンボウはひらりと身を翻し、飛び去ってしまった。
真冬の鳥という印象を持っていただけに、下旬とはいえ9月に出会えるとは思ってもいなかった、うれしいコチョウゲンボウとの逢瀬であった。ファインダー越しに見た大きな黒い瞳。その澄んだ美しさが今も心に残っている。